統合失調症で精神科に入院している患者の4割が、3種類以上の抗精神病薬を処方されていることが、国立精神・神経医療研究センターの研究でわかった。患者の診療報酬明細書(レセプト)から実態を分析した。複数の薬物による日本の治療は国際的にみても異例で、重い副作用や死亡のリスクを高める心配が指摘されている。(
朝日新聞デジタル 2013/8/20
http://digital.asahi.com/articles/TKY201308200008.html?ref=comkiji_txt_end_s_kjid_TKY201308200008
これまでも精神科の治療では「薬漬け」を指摘する声が根強くあったが、一部の医療機関などを対象にした研究が多かった。今回の研究では、2011年度から、全レセプトデータを提供する厚生労働省のデータベースの運用が始まったことから、精神科での詳しい薬物治療の実態の調査、分析ができるようになった。
研究チームは11年10月の全レセプト情報のうち10%を無作為抽出して、薬の処方ごとに診療報酬が医療機関に入る出来高払いの精神科病棟に入院している患者約7400人分のデータを分析した。
その結果、抗精神病薬を1種類しか処方されていない患者は27%に過ぎず、42%が3種類以上処方されていた。4種類以上でみても20%に上った。
抗精神病薬には幻覚や妄想などの症状を改善したり、不安や興奮などを鎮めたりする作用があり、患者の状態を見て最適の薬を選ぶ必要がある。欧米の治療指針などでも、統合失調症では1種類の処方が標準的な治療とされている。3種類以上で治療効果が上がるとの科学的な根拠がはっきりした報告はない。
複数の薬を処方され服用すれば、便秘やのどの渇き、自分の意思と関係なく出る異常運動、認知機能の低下などの副作用が出やすくなる。
多剤の服用によって、うまくのみ込めなくなり誤嚥(ごえん)性肺炎につながったり、心臓に負担がかかったりして、薬が1種類増えるごとに、死亡リスクが約2倍に高まるという日本やフィンランドの研究報告もある。
■病棟、人手足りず 「静かにしてもらう必要」
統合失調症などを診る精神科病院で長年、「薬漬け」ともいえる治療が行われてきたのは、精神科病棟のスタッフ不足が一因と考えられている。
民間病院などの精神科の医師数は国の基準で、48床あたり1人と他科の3分の1でよく、看護師数も少ない。ある医師は「薬で、患者さんにおとなしくしてもらわないと、対応できない」と話す。
そもそも、日本では重症患者の治療が、在宅ではなく、入院に偏りがちだとの指摘がある。経済協力開発機構(OECD)によると、人口1千人あたりの精神病床数も、平均在院日数も日本は飛び抜けて多い。
近年は、患者の人権を守るほか、医療費の無駄をなくすためにも、科学的根拠のない「薬漬け」を見直そうという動きも出ている。
厚生労働省研究班は、複数の薬を処方された患者を対象に安全に薬を減らす方法を探る臨床試験を行い、指針作りを進めている。
今回の解析を担当した医療経済研究機構の奥村泰之研究員は「医療の質を上げるには、まずは見えにくい精神科診療の実態を明らかにしなければならない。国を挙げて、薬を減らす取り組みが必要だ」と話す。(岡崎明子)
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<統合失調症> 幻覚や妄想が主な症状で、100人に1人が発症するとのデータもある。患者数は2011年時点で約71万人。うち入院患者数は約17万人と、精神病床に入院している人の半数以上を占める。10代後半から30代の発症が多い。原因ははっきりしないが、進学や就職、結婚など人生における変化をきっかけに発症する人が多い。適切な治療で回復する人も少なくない。