今までを振り返って

僕の父は司法書士でした。
僕は父と母が離婚してから、生まれました。
父はなぜ、性交をして、僕をという意識を植え付けたんだろうなと思います。
きまぐれだったのかもしれないです。
母は僕という子供を産みました。
周りから障害者が生まれるから堕ろしたほうが良いと言われたそうです。
僕は、自分が生まれてこなければ良かったのではとずっと思ってました。

父は僕が大学に行くとき、お金を出してくれました。
僕なら、別れた子供はどうでも良いかなと思ってしまいますが・・・・
父には父なりの情があったのかもしれないです。

父とは震災以来、会ってないです。
母は施設ですが、時々、会ってます。

母の介護で親孝行できたのかなと思うのですが、分からないですね。
介護、嫌でした。
自分の食事を作るのも面倒です。

母の言いなりになって、嫌な勉強をして、国立大学に入りました。
国立大学に行ったのは私立はお金がかかるからです。
母子家庭だったので、金銭的余裕が無かったのですね。
僕もわがままだったので、無理して、大学に行かせてもらいました。

高校出て、すぐ、就職という方法もありましたが、公務員試験は落ちてしまいました。
高校の先生は精神科の看護師か自衛隊はどうかと勧めましたが、
「大学に行きたいです」と答えました。
大学に行ったのは遊びたかったからですね。
勉強は嫌いでした。
大学で熱中したのが、レンタルCD屋さんに行って、CDを借りて、カセットテープにダビングすることでした。
カセットデッキとCDプレイヤーを買いました。
ラジカセでカセットデッキで録音したテープを聞いてました。

当時はHIFIビデオデッキも出てきた時です。
レンタルビデオも借りました。

30年前のことなので、今だと音楽も映像もストリーミングですね。
大学生の頃が一番楽しかった感じがします。
友達にも恵まれましたし。

今は田舎で夜一人でブログを書くという感じですが・・・
昔のことを書くなんて、もう、おじさんなのでしょうね。

大学を出て、自衛隊に事務官として就職しました。
職場の方々が真面目に働くのはびっくりでした。

自衛隊では幹部でしたが、統合失調症になってしまったので、先はないだろうなと思いました。
地元に帰って、アパート経営を始めました。
友達にはニートとか言われました。
アパート経営は最初は色々ありましたが、忘れてしまいました。
30代のころは、母が元気だったので、母が食事を作ってくれました。
今思うと懐かしいです。30代の頃も良かったのかなと思います。
音楽を聴いて、一日、過ごしてました。
でも、当時はどうして生きているのかなとか考えてました。
生きているのが、嫌でした。
今、思うととても、楽だったのに、どうして、そんなことを考えていたのか分からないです。

母には本当にお世話になりました。
食事も作ってくれたし、部屋の片づけ、洗濯もしてくれました。
時々、母の音声をパソコンに取り込んでいるので、聴いたりしてます。
いつも、母と一緒なんだろうと思ってました。
でも、施設に入ったら、簡単に会えないです。

読んでいただいて、有難うございました。

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